2020.02.18

避雷針を発明したフランクリン

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ベンジャミン・フランクリンは、建物を雷の被害から守る避雷針を発明しました。

そもそも避雷針って何?

ベンジャミン・フランクリンが凧を使った実験で「雷は電気である」と証明したことは、すでにこちらで説明しました。さらにフランクリンは、避雷針を発明したことでも知られています。

避雷針というのは、建物の上に数mの金属の棒を立て、その棒に雷が落ちたとき、雷の電流を大地に安全に逃すことで建物に被害が出ないようにするためのものです。建物に直接雷が落ちれば、建物を破壊することがあります。また、火花放電によって建物火災につながる可能性があります。日本でも雷によって神社、寺院、城等が焼失した歴史があります。ですから、雷の電流を建物から大地へ逃すことが必要なのです。

「避雷」とあるので誤解されがちなのですが、避雷針は「雷そのものを避けるためのもの」というよりは、「雷の被害から建物を守るためのもの」といえます。現代の日本では、一定の建物に避雷針が設置され、雷による建物火災や人命損失は多くが未然に防がれています。

 

なかなか普及しなかった避雷針

フランクリンが避雷針を考案したのは、凧を使った実験を行ったのとほぼ同時期の、18世紀半ばのことです。
フランクリン自身も我が家に避雷針を設置し、効果を確かめようとしたのですが、効果があるかどうかは雷が落ちるまでわかりません。そこで、フランクリンは友人たちに頼み込み、家に避雷針をつけてもらいました。そのうちのひとつに雷が落ち、建物に被害が及ばなかったことから、ようやく避雷針の効果を証明することができたのです。

フランクリンが実験に成功したことで、アメリカでは避雷針は急速に広まりました。1759年には、アメリカの富裕層のほとんどが避雷針を設置したといわれています。

しかし、その一方で、ヨーロッパの、とくにカトリックを信仰する国ではなかなか避雷針は広まりませんでした。というのも、当時カトリック教会では、雷は神の力だと考えられていたので、それをコントロールしようとすることは、神への冒涜行為ではないかという声がたびたび挙がっていたからです。

そのような中でも次第にフランクリンのアイデアを支持する科学者が増えていき、灯台や教会、塔などの高い建造物に試しに避雷針を取りつけたところ、雷の被害が抑えられる事例が次々と報告されました。

とはいえ、ヨーロッパで避雷針を設置しようとした人々は、周囲から白い目で見られました。ドイツに初めて本格的な避雷針を設置したリヒテンベルクも、迷信深い人々から「魔術師」のレッテルを貼られました。しかし、「避雷針が神への冒涜なら、医薬品はどうなのだ。神から贈られたものとしてあらゆる災厄を受け入れよ、いかなる治療も行ってはいけないというのか」と説得し、ようやく周囲の理解を得られるようになったといいます。

このような経緯があったため、アメリカでは1753年以降に避雷針が普及したのに比べ、ヨーロッパは1780年代と、約四半世紀遅れての普及となりました。

避雷針が普及していくと、今度は一種のブームが巻き起こりました。ファッションのモチーフとして避雷針が取り入れられ、下図のような避雷針つきの傘や帽子(※)なども売り出されて流行したようです。

 

※このようなアイテムでは雷から身を守ることはできません。雷ぶらり内記事の「雷雨時の危険行動」も参考にしてください。

 

今井明子[気象予報士/サイエンスライター]

 

参考文献:
「雷をひもとけば」新藤孝敏 電気学会
「雷さんと私」宅間正夫 三月書房
「雷害対策の歴史」一般社団法人日本雷保護システム工業会
「プロメテウスと避雷針–フランクリン、リヒテンベルク、ゲーテ」石原あえか(「モルフォロギア: ゲーテと自然科学」25 号、2003年より)

監修:松本隆之